夫の母親が家事をしに家へ来てくれて、子供の相手をしてくれていました。しかし義理の母から話があると言われてテーブルに、離婚届を置かれました。私の家庭での様子を見ているととても子供の世話をすることはできないし、任せられないと言われました。

楽団に夢中になって家庭を返りみなかった結果…

私は37歳のバイオリニストです。
音楽大学を卒業後、ドイツへ留学し、帰国してからはOフィルハーモニー管弦楽団に入り、音楽活動を続けていました。
そんな活動の毎日の中で、同じ楽団で知り合った男性と結婚し、幸せな家庭を築きました。

 

 

お互いに同じ分野で頑張っている二人だけに、理解しあえる部分がありましたのでとてもうまくやっていけました。
子供も一人だけですが恵まれて、一時期音楽活動から離れましたが、子供が小学校へ上がる頃にまた音楽活動を再開したのです。

 

さすがにブランクが長くなりましたので、Oフィルハーモニー管弦楽団には入ることはできませんでしたので、家の近くで通える楽団を見つけて入りました。

 

今から思えばこのときに音楽活動を再開したことがよくなかったのかもしれないと反省しています。

 

とりあえず育児が一段落したとはいえ、小学校に入学したばかりの子供ですからやはり母親の手が必要になることが多々ありました。
ところが、それとは逆に、町の小さな楽団に入った私は、留学経験なども評価され、楽団のリーダーとして責任ある役目を任されるようになったのです。

 

 

こうして、私は毎日のように楽団で音楽活動をするようになったのです。
私がグイグイ引っ張っていくことで楽団の実力も徐々に高く評価されるようになり、私自身も大変やりがいを感じていました。
ところが、それと反比例するように、家庭生活はぼろぼろになっていったことも事実です。

 

家を留守がちになり、夫は会社からの帰りも遅く、またOフィルの音楽活動もあり、親の全くいない家庭に子供だけがぽつんと残されるような状態の日々が続きました。

 

 

たまに夫の母親が家事をしに家へ来てくれて、子供の相手をしてくれていました。
しかしあるとき義理の母から話があると言われてテーブルについたとき、1枚の書類を渡されたのです。
それは離婚届でした。私の家庭での様子を見ているととても子供の世話をすることはできないし、任せられないと言われました。

 

夫はマザコンで、義理の母の言うことには何でも従う人でしたので、その離婚届にはすでに夫の署名と印が押されていました。

 

私はとてもショックでしたが、一度言い出したら絶対に引かないのが義母の性格でしたので、仕方なく離婚届に署名、捺印して同意することにしたのです。

 

しかも子供は義母が預かって育てることになり、結局私は一人で生きていかなければならなくなってしまったのです。

 

私はこれからどうやって生きていこうか悩みました。
そこで、以前一度だけやったことのある電話占いをしてみることにしました。

 

電話の相手は西洋占星術の女性占い師でした。
彼女が言うには、「あと半年すれば大きな転機が訪れますからそのときまでじっと我慢して待っていなさい」ということでした。

 

それから半年が過ぎたある日、元夫から突然電話がかかってきたのです。
何と義母が急逝したとのことでした。

 

離婚後、人間ドックで腫瘍が見つかったときにはすでに末期の状態で手遅れであったらしく余命3ヶ月といわれながら半年生きたけれどもついに力尽きたといういことでした。

 

義母の葬儀が終わり、夫はよく私の家にやってくるようになりました。
夫は実は離婚はしたくなかったらしいのですが、義母の強い意向でしかたなく離婚に同意したということでした。それでもう一度一緒に暮らしたいと言ってきたのです。

 

 

確かに離婚後は義母が子供の面倒をみていましたので、義母が亡くなってからは夫が男手1つで育てていかなければならない状況になりますから女手が必要なのはわかります。

 

 

とりあえず私は夫の申し出を受け入れ復縁することにしました。
いろいろありましたが、今は音楽活動も控えめにして家庭を優先した毎日を送るようにしています。

 

占い師が言った「あと半年で転機が訪れる」という言葉は本当でした。いまではとても感謝しています。

 

>>占いウィルに無料復縁相談

関連記事一覧


このページの先頭へ戻る